書評:『思考の技法 直観ポンプと77の思考術』(ダニエル・C・デネット)

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なかなか歯ごたえがある上に訳文が結構悪文で(原文も入り組んだ文章なのだろうが、それにしても翻訳に時間がなかったのだろうと思われる。刊行直後から訳者HPで提供されているエラッタの膨大さにはちょっと笑ってしまった。それでもそれを提供するだけ誠実であるが)、読んではしばらく放置したりということもあり、読み出してから半年以上かかってしまった。

タイトルから最近の二束三文ビジネス書(「役に立つ思考術77!」)みたいな内容を想像してしまうが、内容は

  • 意味論(特に「志向的構え」とデネットが呼ぶ、「行為主体の行為を何らかの意図を持ったものと見なす受け止め方」の有用性について)
  • コンピュータ(ユニバーサルチューリングマシンという実例が哲学に何を提供してくれるのか?)
  • 進化(自然淘汰に促された単純な原理/仕組みの組み合わせ試行で”デザイン”は可能。くたばれID論者)
  • 意識(サールの「中国語の部屋」ってよく考えたら強いAI否定論として成立してないじゃん?)
  • 自由意志(決定論が仮に正しくてもその中で自由意志は成立しうるとみなして何が悪いんや? 十分やろ)

といったテーマをさまざまな思考実験(=直観ポンプ)を用いて考えてみよう、というデネット哲学入門書というのが適切だろう。77つのパートの多くはそれぞれ特定の直観ポンプをテーマとしているが、順不同でつまみ食いできるような独立したものではなく、前章までに導き出された結論や推論を下敷きに議論が積み上げられていく。

コンピュータの部のレジスタマシンのあたりはかなりじれったさを感じてなかなか読みこなしにくいが、それを基礎として進化、意識、自由意志についての一般的な直観と反する結論が導き出される怒涛の後半まで進むと知的欲求がもりもり満たされてすごく楽しい。

特に意識についての第Ⅶ章の「ゾンビ直観(いわゆる哲学的ゾンビ)」、「物語の重心としての自己」のパートは、私たちが心や意識といった哲学的テーマの思考実験に取り組むさい、無意識のうちに神秘的な前提を持ち込んでしまっていることを明らかにしてくれる。

また、決定論と自由意志の両立論は法学的、社会学的テーマを考える前に触れておくと、本来不要なつまずきをあらかじめ避けることができるだろう。

デネットによれば、

哲学の役割の大部分は、外見的イメージと科学的イメージの相互のやり取りをうまく行かせることにある(……)。

(p613)

先日紹介した吉川浩満の仕事などはこの好例だろう。私たちの直観に反するような科学的知見が得られたとき、それこそが最良の発見のひとつなのだ。

はじめに
Ⅰ 序論―直観ポンプとは何か?(p15)

Ⅱ 汎用的な思考道具一ダース(p39)
1.誤ること(p41)
2.「推理のパロディによって」――不条理ヘノ還元または帰謬法の利用(p55)
3.ラパポートのルール(p61)
4.スタージョンの法則(p65)
5.オッカムの剃刀(p68)
6.オッカムのほうき(p71)
7.素人をおとりとして使う(p74)
8.脱シスする(p78)
9.グールド法の三つの種――ムシロ法、詰込一括法、グールドの二段階(p83)
10.操作詞「間違いなく」――心の壁(p90)
11.修辞疑問(p93)
12.深っぽい話とは何か(p94)
要約(p98)

Ⅲ 意味あるいは(心的)内容について思考する道具(p101)
13.トラファルガー広場の殺人(p105)
14.クレヴァーランドに住む兄(p111)
15.パパはお医者さんなの(p115)
16.外見的イメージと科学的イメージ(p117)
17.民俗心理学(p123)
18.志向的構え(p129)
19.パーソナル/サブパーソナルの区別(p143)
20.ホムンクルスたちのカスケード(p150)
21.操作詞・準(p157)
22.不可思議な組織(p160)
23.巨大なロボットの制御室に囚われて(p166)

Ⅳ コンピュータを論じる幕間(p173)
24.コンピュータの力の七つの秘密を解き明かす(p176)
25.バーチャルマシン(p213)
26.アルゴリズム(p224)
27.エレベータを自動化する(p228)
要約(p235)

Ⅴ 意味についてのさらなる道具(p239)
28.赤毛の人についての、何やらひっかかるもの(p241)
29.さまようツーピッツァー、双子地球、巨大なロボット(p247)
30.根本的翻訳とクワイン的クロスワードパズル(p274)
31.意味論的機関と構文論的機関(p279)
32.スワンプマン、ウシザメに出会う(p282)
33.二つのブラックボックス(p288)
要約(p300)

Ⅵ 進化について考える道具(p311)
34.万能酸(p313)
35.メンデルの図書館――〈超厖大〉で〈消えそうなくらい微かな〉(p317)
36.単語としての遺伝子あるいはサブルーチンとしての遺伝子(p330)
37.生命の樹(p334)
38.クレーンとスカイフック、デザイン空間における持ち上げの方法(p335)
39.理解力なき有能性(p356)
40.浮遊する理由(p358)
41.セミは素数を理解しているか?(p362)
42.ストッティング〔跳ね歩き〕をどう説明するか(p364)
43.最初の哺乳類にご用心(p367)
44.種分化はいつ生じるのか(p372)
45.未亡人製造機、ミトコンドリア・イブ、遡及的な戴冠(p376)
46.サイクル(p383)
47.カエルの目がカエルの脳に告げているものは何か?(p389)
48.バベルの図書館空間で跳躍する(p393)
49.『スパムレット』の作者は誰か?(p396)
50.仮想ホテルの騒音(p406)
51.ハーブとアリスと赤ん坊のハル(p411)
52.ミーム
要約(p419)

Ⅶ 意識について考える道具(p421)
53.カウンターイメージを二つ(p423)
54.ゾンビ直感(p425)
55.ゾンビとジンボ(p432)
56.おぞましきカリフラワー(p443)
57.ヴィム――これは「本物のお金」ではいくらかな?(p448)
58.クラップグラス氏の悲しき症例(p453)
59.調律済みのカードデッキ(p464)
60.中国語の部屋(p477)
61.テレクローンが火星から地球へと降下する(p493)
62.物語の重心としての自己(p497)
63.ヘテロ現象学(p508)
64.色彩科学者メアリー――ブームクラッチの正体を暴く(p516)
要約(p523)

Ⅷ 自由意志についての思考道具(p527)
65.真に凶悪な脳外科医(p531)
66.決定論の玩具――コンウェイのライフゲーム(p534)
67.岩・紙・はさみ(p548)
68.二種類の宝くじ(p556)
69.不活性な歴史的事実(p560)
70.コンピュータ・チェスマラソン(p568)
71.究極の責任(p581)
72.アナバチ性(p587)
73.ブラジルから来た少年――また別のブームクラッチ(p593)
要約(p600)

Ⅸ 哲学者であるとはどのようなことか?(p603)
74.ファウスト的契約(p606)
75.素朴自己人類学としての哲学(p611)
76.チメスの高次の真理(p616)
77.10パーセントの優れたもの(p626)
Ⅹ 道具を使ってもっと頑張ろう(p631)
Ⅺ 扱われずに残った道具(p635)